幸せになるために生きている

今日は父の日

今日は父の日
僕にも父がいますが今までいっしょに暮らしたことはありません。
1年間は父の国で過ごしました
僕は父のことをずっと誤解していました
冷酷で無慈悲な人だと勝手な想像をしていました
けれど父と母の出会いを聞いた時(誰から聞いたか忘れました〕、父のことをかっこいい人だと思ったのです。
父は母のヒーロでした
僕が自分の父親を知ったのは6歳か7歳くらいの頃
電話で一言話しして父が返事を返してくれました
それ以降よく父のことを考えるようになりました
たったそれだけでしたがぼくにとっては永遠に近かった
父のところへ行ったら今の生活から抜け出すことができる
けれど母は僕に執着して手放そうとしなかった
決して幸せとは言えなかった子供時代でした。今はそれぞれ生き方があることが理解できます
いつも誰かの人生を傍観したあと手に入れることができない幸せだと諦めていました

自分の生い立ちを見ないようにして自分だけを信じて生きてきました
誰かを頼るということは許されませんでした
誰にも頼らず生きてきました
だけど何か問題が起きるたびに自分の無力さを感じる毎日でした
二人と離れて、なにか問題が起こるたび父ならどんな言葉をかけてくれただろうと想像することが多かったです

僕が二十代になった時父は「一度家に戻ってこい」と声をかけてくれました
父の国に行ったら注目される毎日を送ることになる
飛行機嫌いと言葉の壁も足が前に出ませんでした
あの時勇気を出して父の家に行っていれば人生は変わっていただろうか
恐らく継母継父が目の色を変えて僕を空港まで追いかけてきて連れ戻すに違いない。その後精神病院に監禁するだろう

あの頃もし父の国へ行っていたら
ここにいても自由になれないばかりか束縛されて息が詰まりそうになる

けれどこちらの生活の人間関係が心地よく感じ、いつしか父のことを忘れていました
4年前僕が独り暮らしをする家に母が来て自分本当の誕生日を知りました
僕はずっと父のことを誤解していました
けれど誤解が解けて今心から言います

『僕はパパのことを尊敬してます。僕もパパのように大切な女性を助ける人生を送ります。パパと弟のお嫁さんが健康な身体になれるよう日本より祈っています」

Joshua McCutcheon

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